2013年 12月 08日

陽が沈むころは家路へ心が急ぎます

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ここは中央環状線豊中辺り
尼崎方面へ車が混んでいます
今の時期日没時間が早くなって
家路に向かうころ丁度太陽が正面に沈み
とても運転がしにくいです

子供のころは下関の西の端彦島に住んでいました
下関市の西の端ならば本州の最西端
全くの田舎で遅くまで子供同士で遊んで居ました
日没が帰りの時間の合図です

小学校には歩いて峠を越えて通っていました
20~30分くらい歩いていたと思います
目の前には宮本武蔵と佐々木小次郎の
決闘の場所の巌流島のモデルになった船島が見えます

そんな子供のころの家路は田んぼのあぜ道や
小さい路地裏の道などでした
半世紀以上経った今は
中国縦貫道路の高速道に
モノレールの軌道が見えて
片側3~4車線の幹線道路を車で帰ります

家路の様子が田んぼのあぜ道から
近未来の様な近代的な道に変わりました
でも赤く半熟玉子のような夕日は
子供のころとちっとも変わりません

そんな子供のころの缶けりや鬼ごっこをして
家路へ急ぐ時の友達と別れる寂しさと
家族の待つ暖かな家に帰る嬉しい気持ちが
半ばするあの切なく甘い記憶が懐かしいです

赤いとろけるような夕陽を見て
センチメンタルな気持ちになりました

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by captain_spoc | 2013-12-08 22:57 | スナップ | Comments(6)
Commented by shkphappy at 2013-12-09 09:28 x
今回故郷に帰ってやはり心に何か残りますね
なんなのかはわかりませんが 多分これからの
滋養になるいいもののような気がしています

田舎では子供には全くと言っていいほど
会いませんでした
町も5時になると真っ暗です 幹線道路沿いの
道の両側だけは都会近郊のそれと変わらないように
思えましたが…

日本海にきらきらと真っ赤な波紋を残しながら
海に沈む夕陽が最高の心のご馳走のひつでしたが
艦長もそうだったようですね
Commented by mokonotabibito at 2013-12-09 10:38
素敵なお写真と文章に心が和みました。
故郷の夕日の思い出は、甘く切なく懐かしいものです・・・
私は京都の紫野の生まれで、幼少のみぎりは、大徳寺や今宮神社の境内で日が暮れるまで遊び回っていました。
夕焼け小焼けで日が暮れて~家路についたものです。
懐かしく思い出しました。
ありがとうございます。
Commented by kyoncci at 2013-12-09 20:48
義母が桃山台の施設に居た頃、顔を見に行って帰りがこういうすばらしい風景になる、ということがよくありました・・・
あのころは彼女の暗澹たる状態(15年寝たきり、こちらのこともわからず)を思い暗い心を慰めてくれるように感じたものです。
下関も行ったことが無い場所です!
一度SLなどと併せて行ってみたいなぁ・・・・

それにしても。
艦長さん、この写真、運転しながら撮ってませんっ?
Commented by captain_spoc at 2013-12-10 00:14
☆shkphappyさんこんばんは^^
田舎暮らしのあのころに比べて超近代的な場所から眺めた夕陽
海に沈む夕陽に比べて情緒は欠けますが
私を瞬時に子供時代に返してくれたような気がしました
夏の白い雲とか夕陽など子供の記憶の中にくっきりと思い返せます
Commented by captain_spoc at 2013-12-10 00:18
☆模糊さんこんばんは^^
何と戦場カメラマンは京都生まれの高貴なお方でございましたか・・・
もう過去の年数が未来の年数よりもはるかに沢山の年齢になりました
思うことは過去の子供のころを良く思い出します
歳をとったという事ですね
Commented by captain_spoc at 2013-12-10 00:23
☆kyoncciさんこんばんは^^
ご苦労なさったのですね~
私の母も痴呆症でしたが私の顔は最期まで判ってくれました
年数も半分くらいの介護でした
この写真運転席で撮りましたが渋滞でほぼ止まりかけのときに
奇麗な夕日が正面に来て慌てて撮りました
危ないですね・・・気をつけます


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